一章 星降る時の館 【10】

 ここ二ヶ月の話をフォリアに一通りすると、レジデは私に向かってこう言った。
「改めて紹介いたします、トーコ。彼はフォリア。非常に優秀な魔術師で、前回の時の館の担当者でもあります。そして魔術ギルド所属の者である前に、私の親友です。」
 優秀と言われた部分で一瞬顔をしかめたその男は、最後の発言を聞くと呆れた様な顔をした。
「お前、まさかギルドにまで隠し通すつもりか?」
「どう考えてもトーコの事を考えると、秘密裏に事を運んだほうが良い。」
 押し殺したような固い口調に、三人分のお茶を入れていた手が思わず止まる。
 今の、レジデの声だよね。
 いつもおっとりしているレジデからは想像出来ない、厳しい口調だ。
「ギルド上層部にも隠し通すつもりなら、生半可な事じゃないぞ。そもそも彼女は自分の立場を、一体どこまで把握してるんだ?」
 男に目線で問われる。
「もし国家権力にトーコの存在を認識されれば、一生監視の目が光ってもおかしくない、人権を無視されるであろう事位までは認識しています。」
 これは以前レジデと話し合ったことがあった。
 例えば元の世界だったとして、過去の人間を突然召還する事が出来たらどうするか。
 先進国だったとしても人権は保障されず、保護と言う名の監禁、ありとあらゆる生態調査を受けるのは確実だと思う。
 それと同時に過去の人間が何故こちらに来られたのか、今後も可能なのか、様々な検証をなされ、出来るのならば他の人物も召還しようとするだろう。
 その人間がどんな平凡な人間であったとしても、そんな常識を超える事が出来るのであれば人の関心を惹きつけずにはいられない。
 こちらの世界から見て、私の存在はそんな様なものだろう。
 しかし、
「それだけか?」
 ため息と共に吐き出された言葉に、レジデが一瞬言葉に詰まった。
 どういう事?
 テーブルにお茶を置きながら、二人に目線で問いかける。
 躊躇している様なレジデに対して、フォリアは強い双眸でこちらを見つめ返す。
「トーコ、だったよな。子供じゃないなら自分の事だ、状況を把握しておけ。」
 促されて二人の正面に座る。
 ――どうやら今夜は長そうだ。
「つまり現状はもっと難しい状況なんですね。」

 少し重苦しくなった部屋に、深夜になった事を知らせる鐘が、静かに響いた。
「テッラから来たカケラが、この館に世界中から集められているのは聞いただろう。では何故ここまで強固な結界を張って隔離しているかは聞いたか?」
 男が問うた。
「違う世界の文化が、こちらの世界のバランスを崩してしまうのを防ぐ為に集めているんですよね。わざわざ時間をコントロールする結界を張っているのは、カケラの研究の為に経年劣化を防いで保存するため…ですか。」
 言いながら少し違和感を覚える。
「時の館に集めている理由は確かにそうだな。しかし隔離している理由は違う。通常の人間はカケラを怖れているからだ。」
 カケラが怖い?
 一番最初に見たガラクタの山のようなカケラを思い出す。アヒルのおまるや虫メガネ、ビーズに電卓、古ぼけた鍵。他にもここ数日読み漁っていた本を思い出すが、有害そうな物なんて見当たらなかったぞ。
 それとも無害な物でも、こちらにあると何か人体に有害になるのだろうか。
 もしそうだとしたら、わざわざ世界中から集めて管理保管までしなくても、人が入らない所に隔離したり処分すれば良いだろうに。
「人が怖れるとしたら、カケラ自体が生活や人に何かしらの害を与えるという事ですよね。」
 けれどもカケラが日常的に生活を脅かすのなら、カケラを閉じ込めた本に、その記述が全く無いのは、おかしい気がする。
 ここ暫くで読んだ本の量はそこまで少なくない。
 それでも何か有害なガスが出るとか、このカケラを触ると体調不良になる等の記述は、一切見なかった。
 暫く考えて、発想が逆なのかも知れないと気付く。
 カケラが危険なんじゃなくて、何か危険物や有害物がこちらの世界に来たんじゃないのだろうか。
「もしかして過去にこちらの世界を震撼させるほど、危険なカケラが見つかったんじゃないですか。」
 殆ど思いつきでつぶやいた発言に、こちらを見ていた二人の雰囲気が変わったのが判る。
 博多人形、日の丸、国鉄、招き猫…古ぼけたカケラ達。レジデは大昔からカケラは見つかっていると言った。
 だとしたら――
「…五十年前から百年前位の間に、何か大きな事件はありませんでしたか。」
 世界大戦の影響が無いとは思えない。

「正解だ。」
 フォリアは大きく息を吐くと、天を仰いだ。

 一番最初にソレが人々の生活を脅かしたのは百年近く前、大陸の北山に囲まれた雪国シュルステイン王国。
 まったく火精がいない雪が静かに降り積もる山間で、いきなり天を揺るがす大きな爆音と火炎が巻き起こった。
 山はえぐれ形が変わり、その衝撃でおきた大雪崩により山間の村が二つ壊滅。死者は三百人以上にのぼった。
 これを皮切りに、各地で死者が出るようなカケラが発見され始める。
 西の森ではシュルステイン王国の様に、火炎による被害だけでなく、火を鎮めた後も次々と木々が枯れ水は腐り、精霊も寄り付かない文字通りの死の土地に変貌した。
 
「被害にあった地域では、暫くの間精霊達が混乱して、正常に魔法器具が使えなくなったと言われている。明かりの調節を出来るランタン、堅い岩盤を掘りやすくする掘削用の魔法器具、出血を抑える処置を施してある魔術用の布。簡単な魔術器具は日常世界活に溢れ、大掛かりなものでは、風の無い時に走れる船まである。それらが一斉に動かなくなったわけだ。」
 話しながらフォリアが手元のランタンに手をかざすと、光は暴走するように強く弱くランダムに光り狂い、最後の一言と共に消えた。
 その横で、世界地図を広げてくれて場所を指し示していてくれたレジデがその後を続ける。
「それまでカケラは美しい物や珍しい物は献上され、それ以外は捨てられたり、魔術ギルドが研究するだけの対象物でした。 しかし事件が起きた後、世界を震撼させたのは、強い殺傷能力を持ったカケラがあらわれた事では無く、『魔法器具の制御がきかない』という事実でした」

 私の世界で言うなら、いきなりコンピューターが暴走状態になったようなものだろうか。
 テレビもエレベーターも飛行機も、いきなり制御不可能になったと思えば、世界を震撼させた。と言うのは、決して誇張ではないのだろう。
「まず最初に問題になったのは、魔術ギルドが研究の為に集めていたカケラをどうするかと言う事でした。燃やしたり壊そうと強い衝撃を与えたせいで爆発した事件もあったので、安易に処分する事は出来ません。」
 地図の一角の市街地を指し示す。
 衝撃で爆発って、当時なら地雷でもあったんじゃないか。
 それか例えば日常用品の水銀体温計でも、恐怖に駆られて手で壊し、それを誤って周囲の人間が吸い込んだら大変な事になる。
 そんなものが街中に集められていたら、心中穏やかではないだろう。
 当時の人からしたら、カケラは化石を発見したぐらいの感覚ではなく、猛獣に出会ってしまった位の恐怖心だったんじゃないか。
 自分が想像していたよりも深刻な状況に、思わずうめいてしまう。
「そこで当時、周りに被害を与えない場所にあった建物に、強固な結界を何重にも張り、そこへ持っていたカケラを全て移動しました。そしてそれを知った各地の人々は、我先にと自国のカケラを魔術ギルドを通しその建物へ捨てていったのです。」
 そのまま指を、先ほど西の森の話をしていた時に指し示していた場所へ移動する。
 そして最後にレジデはトンと机を指で叩きながら
「そしてそれがこの『時の館』になります。」
 と続けた。