一章 星降る時の館 【8】

 メガネをはずし、う〜んと縮こまっていた体を伸ばす。
 覚えることが山のようにあって、毎日レジデが帰る頃にはクタクタだ。
 1人になった部屋に、コチコチと時計の音が部屋に響く。
 時代を感じる古めかしい時計を見上げると、馴染みのある時計のカタチが見える。
 こちらも一日が二十四時間で十進法を利用しているのは助かった。
 ただ一つだけ違うのは、通常の時間で動く青い針以外に、四倍の早さで動く、赤い針がもう一組み付いている事。
 彼の説明だと、青いのが結界内の時間、赤いのが結界の外の時間を示しているそうだ。
 つまりこの中で、まったりと1日過ごすと、結界外では4日過ぎているわけで。
 未だにどういう仕組みなんだか全くわからない。
 何度も、時の館は時間をコントロールする強固な結界がはってあります。と言われても、それがどういう事か、今一、理解しきれてないんだよね。
 私にわかっているのは、こちらの世界でこんな大掛かりな時間変化を施した結界が張られているのは、この時の館だけだということ。
 そして、私は時の館で大掛かりな治療を受けた為、結界内の時間が標準時間として体に組み込まれているということ。
 また、夜になるとレジデが結界内からいなくなるという事ぐらいだ。
 こちらの時間の流れにずっと身を置いておくのは、彼にとっては辛いらしいので、私が寝ている間は、この広大な館に1人きりになる。
 最初の頃は私が寝ていても彼がついてくれていたんだけれど、体に悪いという話を聞いてからは、きちんと帰るようにお願いした。
 最近では朝起きると、レジデが市場で仕入れてきた食べ物や洋服などを持ってきてくれて、市場であった面白い話などを披露してくれる。
 一般常識の勉強にもなるし、一緒に朝ご飯を食べてくれる人がいるのは嬉しい。
 私が寝ているだけであちらでは一日以上過ぎているんだから、彼も大変だと思う。

 ――ただ、私も疲れきってはいるのに、いつも中々寝れない。
 今までは毎日子供たちに囲まれて、夜1人になる時間は何よりも贅沢な至福の時間だったけれども、今は1人の時間は正直苦痛だ。
 ……色々、余計なことを考えそうになるから。
 日中頭を使ってる割に、体を使ってないから変に目が冴えているんじゃないかと思って、最近ではレジデがいなくなってから、大ホールを1人でランニングすることもある。
 睡眠は大人の自己管理。
 充分良くしてくれている彼の手をこれ以上わずらわせたくないので、あまり寝れてないのは言っていない。
 まぁその内、何とかなるだろうと、私も深刻に考えてはいないせいもある。

 それと最近見つけた新しい娯楽。
 それは、最初に召還された大ホールにある、カケラの本だ。
 文字の勉強にと思って読み始めたけれど、こちらの世界の研究者たちが本にしたカケラを読んでみると、思いの他、笑える解釈が多かったりする。
 たとえば昨日読んだ比較的新しい棚にあった本の題名は『巨大スリコギ』

 素材:金属
 発見された場所:ノイン峠
 年月日:統一暦209年
 推測される使用用途:
 持ち手に土類の付着から、主に野外で使われると思われる巨大スリコギ。
 テッラに巨人族がいる説もあるが、非常に軽い金属なので巨人用ではないと考えられる。
 形状は一見棍棒のようにも見えるが、武器ではなさそうだ。
 軍隊の炊事部隊用か、精密な左右対称の作りなので薬草用なのかもしれない。
 スリコギの横に呪文が施されている所からも、薬草を煎じるのに使うと思われる。

 ハイコレ金属バット。
 巨人族ってなんだよ!こっちにはいるのか!?と心で突っ込む。
 野球チームのロゴもこちらから見れば不思議な呪文に見えるらしい。
 他にもサイズや重さ、推測にいたるまでの経緯や、発見されたときの状況レポートも、非常に事細かに書いてある。
 いやー、まめだね。
 スポーツ関係の品物は推測が難しいらしく大概変な解説がしてあるし、他にも笑える解説は沢山ある。

 今夜も笑える本でも読んで、頭を空っぽにしてから寝よう。
 タオルケットとノートを引っつかみ、向こうから持ってきたステンレスの魔法瓶にお茶を入れて部屋を出る。
 ホールの隅のソファをガタガタと動かし壁際に向け、小さな机の上に持ってきたお茶を置く。
 壁に向けて2畳ほどの、即席マイスペースが出来上がった。
 どーも狭い所に慣れてる日本人なので、プラネタリウムに1人いるような空間を凄いとは思えても、落ち着かないんだよね。
 あぁ庶民。
 ――さて、今日はどのあたりを読もうかな。
 ぐるりと壁に埋め込まれた本棚の前を歩く。
 じっくりカケラの本を読んでいると、色々な事がわかってくる。
 面白いのも勿論だけれども、何か帰る為のヒントにならないかと思ってるのも本当だ。
 どうやら私は書かないと覚えないタイプらしい。
 気がついたことは、忘れないうちに、こちらの文字で日記にメモする。
 例えば、最近気がついた事だと、世界各国の品物がランダムにこちらの世界に飛ばされているのでは無いらしいと言う事。
 ランダムにしては、あまりに日本のものが多すぎるのだ。
 もちろん海外の物も多く見られるけれども、日本なんて小さな島国のカケラは、本来なら全体の数パーセントの筈なわけで、――どう見積もっても、多い。
 他にもどうやら人工物、もしくは人為的に細工をされた物以外、見当たらない。
 こちらの世界に来ているけれど、カケラと気がつかれていないのか、それともこちらの世界に来ていないのかは判らないけれど、基本的にここにあるものは、皆人工物ばかり。
 こんな事考えて帰るヒントになるかはわからないけど、何もしないよりは良いだろう。

 昨日読んでいた棚の隣の棚からランダムに4〜5冊本を取り出し、ソファに戻る。
 何から読もうか。
 なんとなく笑いのエッセンスを感じ取り、銀板というタイトルの本を手元に寄せ、ソファにごろりと寝転がる。
 そのまま本を開こうとして、目の端に違和感を感じ取った。
 ……なんか、変。
 軽く体を緊張させ、体を起こす。
 あたりを見渡しても、見知ったものばかり。
 気のせいかと、ふと目を上げると、いつもはゆっくり動いている星のようなランタンが、息を潜めるかのように動きを止めている。
 さっき来た時から、止まってたっけ?
 思い出してみるが、自信が無い。
 脳裏にレジデの顔が一瞬浮かんだけれど、「いやいや、ただランタンが動いてなかったからって呼び出すのもおかしいか。子供じゃないんだし。」と胸の内で呟く。
 けれども、なんとなく居心地が悪い。
 ――今夜は部屋に戻ろう。
 そう決意して、ソファから立ち上がったその瞬間、ひときわ高い鈴の音が鳴り響き

 すべてのランタンから光が消えた。