三章 峡谷の古塔 【11】

 三人のうち、誰か一人でもお眼鏡に適えば良いのだから、他人と同じ分類法にする意味はまったく無い。
 カンニング不可とも言っていなかったから、互いに横目で確認するのは当然なわけで。
 全く異なる三人の、隠された手元をちらりと見る。
 シルヴィアの予想通り、私と同じ分類法は、無い。
「ふむ、終わったようだね。それでは年の若い順から発表させるんでいいかい?」
 シルヴィアと共にソファに戻ったロワン老の言葉に、赤毛の少年は緊張のあまり、泣きそうな顔で立ち尽くす。
 私の実年齢の半分もいってないであろう少年は、あまりにも素直な性格なのだろう。
 さっきから赤くなったり青くなったり白くなったりと、大忙しだ。
 ――頑張れ、ワンコ!
 まるで授業参観日の母親のような気持ちで、応援してしまう。
「お、お初にお目にかかります! 僕……いえ、私は、まずそれぞれ四大精霊が宿りやすい魔石を選び、分類しました。」
 銀盆の上で、火水風土と言いながら、大小さまざまな石を振り分けていく。
「ここまでは、非常に基本的な分類法です。そこで更に補助的な役割に向く魔石を、別グループにして合計で五つのグループに分類してみました。」
 以上です!とぺこりとお辞儀を一つ。
 自分の名前を言い忘れたことを除けば、よく出来ました。
 あと挨拶をしながら机の角にぶつかってたけれど、それは大丈夫なのだろうか。
「非常にわかりやすい分類だけれど、残念ながら私はエルガイアの魔水石に、水の精霊を宿して使う事はありません。私は他にも、一般的には使われない方式で魔石を使う事の方が多いですし、合格点はあげられません。……基本も大切だけれど、基本に捕らわれないように。」
 シルヴィアが表情の読めない仮面のまま評価を下す。
 けれども最後は彼へのエールだったんじゃないだろうか。少しだけ声が優しかった気がする。
 緊張のあまり涙目になっているワンコは、最後の一言に感極まったように深々とお辞儀をした。
……また、机にぶつかる音がしたけど、気がついてもいないみたいだ。
 次に出てきたのは、涼しげな目元の青年。
 白皙の美青年と言うやつだろうか。
 そんじょそこらの女性なんて、全員悩殺されそうな容姿だけれど、……どちらかと言うと、あまり感情を表面に出さないタイプに見える。
 知的な雰囲気は、ともすれば近寄りがたいとも取れるかもしれない。
 彼は軽く会釈をすると、迷う事無く大きく五つのブロックに分類した。
「シルヴィア殿のお目にかかれて光栄です。魔術学院所属のクロムと申します。お見知りおきを…。私が致しました分類は産地別に近しい分類法です。これらの魔石の中には遠方の物もあり、欠損した時に直ぐに手には入りません。」
 低い声で朗々と語る彼の声には、何ともいえない不思議な説得力がある。
 専門外の私には分からないけれど、更に細かく地名や魔石の生産地の話に及んでいて、専門知識も深そうだ。
 辺鄙な所に住んでいる事を上手くついた分類法だと思う。けれども
「私は魔石を購入していません。」
 根底を覆すシルヴィアの一言に、流石に唖然とした表情を返す。
「私は仕事の報酬を、全て魔石で貰っています。それに所持している魔石は、欠損を心配するような量ではありません。」
 嫣然と微笑むシルヴィアに不合格を突きつけられ、美青年退場。
 どれだけ大量の魔石を所持しているんだと、ソファの上でカマキリ男がブツブツ呟きながら目を白黒させている。
 ……この人もなんだかなぁ。
 そして、最後が猫目の男性。
 足取りも軽やかに、作業机からソファ前のテーブルに銀盆を運んで、披露する。
「最後になりましたが、ティファーンと申します。孤高のシルヴィア殿のご尊顔を拝しまして、恐悦至極に存じます。」
 先程の美青年の雰囲気を『陰』とするならば、明らかに『陽』の雰囲気を背負った男性だ。
 同じく眉目秀麗だけど、先程の近寄りがたいクロムと違って、いつも人の輪の中心にいそうな感じ。
 言葉だけを聴けば非常に堅苦しい挨拶も、にっこり笑いながら彼が言えば、嫌味が無い。
 ほんとに美形男、揃いも揃ったりって感じだな。
 ご馳走様。
「シルヴィア殿の作品を幾つか拝見致しましたが、その発想もさる事ながら、精緻かつ大胆な石使いは類を見ません。
 そこで少々変則的ではありますが、魔石の分類を価格帯毎に、大別してみました。」
 銀盆の上で、白く長い指が手品のように翻る。
「シルヴィア殿の所持している魔石の量は、通常の魔術師が持っている物とは比べ物にならないと考えました。また、報酬が安価であるのに高価な魔石を使うことはありえません。……しかし逆はありえます。安価な魔石だとしても、組み合わせ方によっては、非常に強い効果を示す物もあるからです。」
 ほ〜〜っ。
 魔石イコール乾電池。くらいに考えていたんだけど、先程から聞いていると、石の種類によって随分個性があるらしい。
 銀盆の上に並べられた石の配置で、ルビーやサファイアのような透明度の高い、色の綺麗な石がこちらでも高価なものであると判る。
 ただ一番値段が高い石の位置に、艶すらない真っ黒い石が置かれているのが、意外と言えば意外だ。
「ティファーンと言いましたか。あなたは何処かの工房に勤めたことがありますね?」
「はい。二年前まで蒼の工房で指導を受けておりました。」
「あまり一般的でない、タロウスの縁石を見抜いたのは大した眼力です。ですが、私は報酬を提示されてから品物を作ることは殆どありません。今回の王宮の仕事のように、依頼を受ける事自体が稀なので、この分類では使いやすいとは言えませんね。」
 半場予想していた答えだったのか、猫目の彼は何ともいえない溜息を一つついた後、真顔で一礼し、優雅に後ろに下がった。
 やはり皆さん、優秀。
 ……さて、こっからが問題だ。
 ソファの三人に目をやれば、何か言いたそうなロワン老とコッドフィールを制して、私が用意した銀盆を全員に良く見える位置に移動させるシルヴィアと目が合った。
「私の元で助手を務めることが、他の人にとって、どれだけメリットが無い事なのか。お見せいたしましょう」
 掛け声と共に、有無を言わさず布を取り払った。